
一昨日、
自転車で
ここにも行ってきたりして。
名古屋市南区の
【富部神社(とべ神社】。
戸部政直(とべまさなお)の
お城があった場所、ね。
通称の戸部新左衛門(とべ しんざえもん)
のお城。
この新左衛門にゃ、
なんともかわいそーな逸話が
残ってんだよね。
戸部新左衛門、
尾張エリアの城主だってのに、
織田側じゃなくって
遠江の今川側についてた
お殿様だったのさ。
何故かってぇーと、
今川義元の妹婿だったらしー。
それなら、まぁ、
仕方あんめぇってな話なんだろうけど、
これも
尾張に最前線が欲しいじゃんっていう
今川の作戦だったりするわけで。
はたして、
今川に怯えてた織田信長にしてみたら、
どーしても戸部城ってのが
ジャマっけになっちゃうじゃんね。
戸部城から清洲城って、
案外近いし。
ここから今川の大群が
どどどーっと攻めて来られたら、
ヤバヤバだし。
そこで、
信長が打った手ってのが
こりゃまた
ひでぇーってか、
きったねーってか、
でもまぁ、
戦国の世らしーってか。
新左衛門の文字を真似て、
「拙者(新左衛門)、
今川を裏切って
織田につき申す」
ってな嘘っこの手紙を
こさえましてな。
それを、
わざと今川側に
みっかるように細工。
これを読んだ義元、
激怒ーーーーーーーー(ちょろすぎ)。
問答無用で
新左衛門を処刑ーーーー(ひっでぇーなぁ、もう)。
もし、
もしもだよ、
新左衛門に
こんな悲劇がなかったとしたら、
桶狭間の戦って、
違った結果になってたのかもなぁ。
なーんてこと
思いつつ、
富部神社の脇にある
戸部城址でお参りして、っと。
名古屋にゃ、
戦国好きにとっちゃ、
行ってみてぇーじゃんってな
くすぐったーーーーい名所が、
たーくさん
アルルの名古屋で
ごじゃるのだ・・・。
